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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)438号 判決 1967年6月23日

主文

一、原判決を取り消す。

二、本件訴を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、控訴人

原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金六五〇万円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。なお、仮執行の宣言を求める。

二、被控訴人

本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否

次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  本訴請求は、被控訴人が、<互>建設工業共同企業体との間の本件工事請負契約第一一条第一項に基き、被控訴人の都合で工事を打切つた(契約を一方的に解除した)ことを原因として、同契約第一三条第一号により右打切りによつて企業体の被つた損害の賠償を求めるものであり、その損害額は、企業体が右工事打切りまでに本件工事に支出した金額から、すでに被控訴人から支払を受けた金額を差し引いたものであつて、本訴においてはその内金六五〇万円の賠償を求めるものである。

(二)  控訴人は本訴請求につき次の理由により当事者適格を有する。

(1) 控訴人は、<互>建設工業共同企業体(民法上の組合)の代表者であり、組合規約上、企業体の請け負つた工事について、自己の個人名義をもつて請負代金の請求及びその受領の権限を有するから、本訴請求につき当事者適格を有する。

(2) かりに、右の理由によつては控訴人の当事者適格が認められないとしても、本件請負契約の当事者は形式上前記企業体となつているが、実際の当事者は控訴人個人であるから、控訴人は本訴請求につき当事者適格を有する。すなわち、被控訴人は、昭和二八年九月頃から請負業者による企業体を組織させてその企業体と請負契約を締結する方針を定めたらしく、本件請負契約についても、企業体を組織すべく命じ、その組織構成をも指示したので、控訴人はやむなく右指示に従つて前記企業体を組織し、企業体の名義で本件請負契約を締結したものである。しかしながら、事実上は控訴人個人が契約当事者であつて、このことは、前記企業体の組合規約上、控訴人をその代表者と定め、かつ代表者たる控訴人は、請負工事の施工はもとより、発注者及び監督官庁等と交渉する一切の権限、前記(1)記載の権限等、企業体のほとんどすべての事務を処理する広大な権限を与えられていたことからも、推測することができ、事実、本件請負契約のような大規模な工事を請け負い得る能力を有したのは、企業体の構成員中控訴人ひとりのみであつたのであり、企業体の構成員はもとより被控訴人も以上の事実を熟知していた。そして控訴人は、企業体の構成員に対し、本件請負契約締結前に権利金を支払い、また請負代金の支払を受けるごとにその一〇%を支払つていたのであるが、右は、企業体の名義を借用するについての名義料として支払つたものである。かように、本件請負契約は事実上控訴人個人と被控訴人との間に締結されたものであり、かつ、控訴人個人が請負工事を実施したものであるから、控訴人は本訴請求につき当事者適格を有する。

(3) かりに右主張の当事者適格が認められないとしても、控訴人は企業体に代位して本訴請求をする当事者適格を有する。すなわち、前記のとおり、企業体の構成員中本件請負工事のような大工事を実施し得る能力を有するのは控訴人のみであつたから、企業体は右工事の施工一切を控訴人に委ね、控訴人は企業体から右工事を下請負し、これを施工した。従つて控訴人は企業体に対し、被控訴人から工事中止を命ぜられるまでに控訴人が施工した工事費用の請求権を有する。一方、企業体は、前述のとおり被控訴人に対する本訴請求にかゝる請求権を有するわけであるが、右工事中止命令を受けると同時に事実上解散した。よつて控訴人は、企業体に対する右請求権を保全するため、企業体に代位して本訴請求をする。

二、被控訴人の主張

(一)  原判決四枚目裏一一行目に、「原告主張の(一)の事実はこれを認める。」とあるのは、<互>建設工業共同企業体が民法上の組合であつて、控訴人がその代表者であることを認める、という趣旨である。

(二)  控訴人主張の前記(二)(2)の事実を否認する。本件請負契約は被控訴人と企業体との間に締結されたものであつて、控訴人個人との間に締結されたものではない。控訴人は従来、本件請負契約は被控訴人と企業体との間に締結されたものであると主張していたのを、昭和三八年五月二九日付準備書面によつて、本件請負契約は被控訴人と控訴人個人との間に締結されたものであると、その主張を変更したものであるが、被控訴人はそのような主張の変更訂正には異議がある。

(三)  控訴人主張の前記(二)(3)の事実中、控訴人が企業体に対してそのような工事費用の請求権を有することを争う。かりに、控訴人が企業体に対しそのような請求権を有するとしても、民法上の組合である企業体が解散したのちにおいては、企業体の各組合員個人に対してこれを請求すべきものであつて、企業体に代位して被控訴人に請求することはできないものである。

理由

一、控訴人のなした本件訴の変更について。

記録によれば、本訴の経過は次のとおりであることが認められる。

(1)  控訴人が昭和三一年六月一日の原審口頭弁論期日に陳述した本件訴状によると、本訴の当初の請求原因は、<互>建設工業共同企業体は、被控訴人との間に締結された本件請負契約に基き請負工事を施工するにつき、工事費用として、(イ)金一、二六九万三、九八五円及び(ロ)金一、〇〇一万五、〇二一円を支出し、これに対し被控訴人から請負代金として、それぞれ(イ)金七四二万四、〇〇〇円及び(ロ)金八二三万一、六八五円の支払を受け、その差額それぞれ(イ)金五二六万九、九八五円及び(ロ)金一七八万三、五二六円は、控訴人が企業体に代つて被控訴人のために立替支出したものであつたが、その後被控訴人は何等の理由もなく工事の中止を命じ本件請負契約を解除し、控訴人は多額の損害を被つたので、被控訴人に対し、右(イ)の立替金の内金五〇〇万円及び(ロ)の立替金の内金一五〇万円、合計金六五〇万円の償還支払を求める、というにあつた。

(2)  次いで控訴人は、同年七月一八日の原審口頭弁論期日において陳述した同日付準備書面によつて、企業体の支出した前記工事費用と被控訴人から支払を受けた前記請負代金との差額は、被控訴人が本件請負契約第一一条によつて一方的に工事の打切りを命じたことによつて企業体が被つた損害であるから、被控訴人は同契約第一三条によりこれが損害賠償の義務があるところ、控訴人は、第一次的には、企業体の代表者として右損害賠償を求め、第二次的には、控訴人の出捐は被控訴人の損害賠償義務の立替払にほかならないから、控訴人個人としてその支払を求め、第三次的には、控訴人の立替払が企業体のためになされたとすれば、控訴人は企業体に対して有するその償還請求権を保全するため、企業体に代位して被控訴人に対し、企業体の被控訴人に対する右損害賠償請求権を行使し、第四次的には、控訴人の出捐は被控訴人に対し不当利得を与えているから、これが返還を求める旨その主張を改めた。

(3)  次に、控訴人は昭和三二年七月一七日の原審口頭弁論期日において、右(2)のうち第三次的主張を撤回し、続いて、同年一一月二七日の原審口頭弁論期日において、右(2)のうち第一次的主張のみを維持してその余の主張をすべて撤回した。

(4)  次いで控訴人は昭和三三年一月二二日の原審口頭弁論期日において、同日付準備書面を陳述することによつて、本訴請求は、被控訴人が企業体と被控訴人との間に締結された本件請負契約を一方的に打切つたため、企業体は、それまでに右契約に基く工事を施工するため支出した工事費用から、被控訴人から支払を受けた請負代金を差し引いた差額に相当する損害を被つたもので、被控訴人は本件請負契約第一一条、第一三条に基いてこれが損害賠償義務があるところ、控訴人は企業体の代表者であつて、自己の名でその請求権限を有するから、その賠償を求めるものであるとして、原判決事実摘示の請求原因のとおりその主張を明確にし(この主張は、企業体の支出した工事費用の額が多少変更されているほかは、前記(2)の第一次主張とほぼ同一である)た上、従来の主張をすべて撤回した。

(5)  昭和三三年一〇月二九日の原審口頭弁論期日において、控訴人は、その主張は右(4)のとおりであることを再確認し、これに対し被控訴人は、同年三月二五日付準備書面を陳述することによつて、右(1)の主張と(4)の主張とは請求の基礎に同一性がないから、右訴の変更は許されないものであると主張した。

本訴の経過は以上のとおりであるところ、右(1)は、企業体と被控訴人との間の本件請負契約に基く工事の施行にあたり、控訴人が企業体に代つて被控訴人のために立替支出した工事費用の償還請求であり、(4)は、本件請負契約の打切り(解除)によつて企業体の被つた損害の賠償請求であつて、両者その請求原因を異にすることは明白であるけれども、右(1)の立替金というのは、本件請負工事のために要した工事費用から、被控訴人から支払を受けた請負代金を控除した差額をいうのであり、また、(4)の損害というのも、本件請負工事のために支出した工事費用から、被控訴人から支払を受けた請負代金を差し引いた差額をいうのであつて、要するに両者とも、企業体と被控訴人との間の本件請負契約に基き支出された工事費用と支払を受けた請負代金との差額の支払を求める点において同じであり、ただ一方は、右差額を支出したのが控訴人であることを前提として、これを被控訴人に対する立替支出と法律構成し、他方は、企業体が支出したことを前提として、これを企業体の被つた損害であると構成した点に相違があるのみであり、かつ、控訴人は民法上の組合たる企業体の代表者であるというのであるから、右工事費用を支出したのが控訴人であるか企業体そのものであるかは、単なる企業体内部の関係であるにすぎず、右法律構成の相違にかゝわらず、両者は社会的事実としては同一の事実関係に基くものというをさまたげないから、請求の基礎に変更はなく、従つて、右(1)から(4)への訴の変更は許容さるべきものである。

二、控訴人の当事者適格について。

(一)  <互>建設工業共同企業体が民法上の組合であり、控訴人がその代表者であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、右企業体は、和歌山県知事の発注にかゝる七、一八水害復旧建設工事の請負及びこれに付帯する事業を共同で営むことを目的とし、控訴人ほか四名の構成員によつて組織され、その規約上、代表者たる控訴人は、建設工事の施行に関し企業体を代表して発注者及び監督官庁等第三者と折渉する権限、並びに自己の名義をもつて請負代金(前払金及び部分払金を含む。)の請求、受領及び企業体に属する財産を管理する権限を有するものと定められていることが認められるところ、控訴人は、右権限に基き本訴請求につき当事者適格を有すると主張する。

本訴は、被控訴人が企業体との間に締結した請負契約を被控訴人の都合で解散したことによつて、企業体の被つた損害の賠償を求めるものであるところ、右企業体は民法上の組合であるから、訴訟の目的たる右損害賠償請求権は本来組合員である企業体の各構成員に帰属するものであるが、控訴人は組合規約によつて、組合代表者として、自己の名で前記の請負代金の請求、受領、組合財産の管理等の対外的業務を執行する権限を与えられているのであるから、控訴人は、自己の名で右損害賠償請求権を行使し、必要とあれば、自己の名で訴訟上これを行使する権限、すなわち訴訟追行権をも与えられたものというべきであり、従つて本件は、組合員たる企業体の各構成員が控訴人に任意に訴訟追行権を与えたいわゆる任意的訴訟信託の関係にある。

しかしながら、訴訟追行権は訴訟法上の権能であり、実体上の権利主体が任意にこれを他に与えることを是認することは種々の弊害を伴うおそれがあるから、民事訴訟法は第四七条によつて訴訟の当事者となるべきものを選定する選定当事者の制度を設け、一定の要件と形式のもとに任意的訴訟信託を許容しているのであつて、このような法的規制によらない本件のような任意の訴訟信託は許されないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三七年七月一三日判決―集一六巻八号一、五一六頁参照)。従つて控訴人が実体上前記の権限を与えられたからといつて、これが訴訟追行権を認めることはできず、控訴人は本訴につき当事者適格を有しないものというほかはない。

(二)  次に控訴人は、本件請負契約は形式上企業体と被控訴人との間に締結されたことになつているが、実質上は控訴人個人と被控訴人との間に締結されたものであるから、控訴人は本訴につき当事者適格を有すると主張する。しかし、控訴人個人が本件請負契約の当事者であることを認めるにたる証拠は全く存しないし、また、現実に工事の実施を主として担当したのが控訴人であつたとしても、そのようなことは企業体内部における工事分担の仕分の問題であつて、このことだけからは、控訴人個人が請負契約の当事者であつたということにはならない。従つて、右主張からは控訴人の当事者適格を認めることはできない。

(三)  さらに控訴人は、控訴人が企業体に対して有する工事費用の請求権に基き、企業体に代位して損害賠償請求権を行使すると主張する。しかし、右主張は、前記のとおり、控訴人が昭和三一年七月一八日の原審口頭弁論期日において主張し、(前記一、(2)の第三次的主張)、その後昭和三二年七月一七日の原審口頭弁論期日において撤回し(前記一、(3))、さらに同年一一月二七日、昭和三三年一月二二日、同年一〇月二九日の原審各口頭弁論期日において、これを主張しないことを確認したものであつた(前記一、(3)ないし(5))のを、昭和四二年一月二〇日の当審口頭弁論期日において昭和三九年四月一六日付準備書面を陳述することにより再びこれを主張したものである。右準備書面は昭和三九年四月一六日当裁判所に提出されたものであるが、原審で一たん主張してこれを撤回し、その後約七年近い期間を経過して再び主張されたものであること、原審でこれを主張し、かつこれを撤回したのは原審における控訴人の訴訟代理人酒見哲郎弁護士であり、当審での右準備書面の作成者の一人もまた同一弁護士であること、その間、右主張の点については証拠調は全く行なわれていないこと、などの点を考えると、右主張は、少なくとも重大な過失により時機におくれて提出された攻撃方法であり、訴訟の完結を著しく遅延させるものと認めるべきものであるから、民事訴訟法第一三九条第一項により職権でこれを却下することとする。

三、以上の理由により、控訴人は本訴につき原告適格を有しないから、本訴は不適法としてこれを却下すべきものであり、これと異る原判決は不当として取消を免れない。よつて民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

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